2010年9月1日水曜日

一人稽古の場所は、他人が入ってくる場所でもある。

いままでご紹介してきたように、私の稽古場所は自然の中にある。

まったく雑木林の隣、雑草が生い茂り虫や動物が生息している場所。
とはいえ天然自然ではなく、河川敷なのでどちらかというと人工的な場所。
隣には水田が拡がっているので、見晴らしはとてもいい。
その分稽古していると丸見えになるわけだが。

それでも夏は背の高い雑草が伸びて目隠しになるので
人目はあまり気になることはない。
ただ近くの公園を散策している人たちが、ときどき雑木林からの
抜け道として稽古しているところに出てくるので、お互い気まずい思い。

相手は引き返すことも多いが、そのままこちらに向かってくる人もいる。
だいたい年上のひとか、ちと変わった風に見えるひと。
こちらも迷惑だろうと、稽古を止める。
向こうが緊張して私の脇をすり抜けて行くのがわかるので
なるべく明後日の方を見ているようにしている。

まぁ、そんな場所。

もう一つ、夏には問題がある。
週末しか行けないので、一週間経つと雑草が伸び放題なことである。
夏の暑い盛りに、稽古前に草刈りで汗が出きってしまいそうになる。
いや、ほとんど脱水症状になることもあった。

頭が痛くなってきて、ぼんやりとしてくる。
それでも武道をやっているような人間は、どちらかというと
自虐的な感じなので、そのフラフラ感が稽古をしているように実感する。
だからそのまま稽古に入るが、いつ倒れてもおかしくないような状況なんだと思う。

あまり無理しないようにしたいものだ。
とはいえ、夏の草刈りからは解放されそうもないしなぁ。

2010年8月30日月曜日

闇稽古ということ(その3)

闇稽古ということ(その1)
闇稽古ということ(その2) からの続き

恐怖心の元は、他にもあった。

近くを走る道路から暴走族のバイクの音、その後に続くパトカーのサイレン。
そして暴走族の爆音が、この河川敷の公園に入り込んできたような近さで聞こえる。
パトカーに追われて脇道に入ったり、隠れようとしてこの近くに来たら・・・と
想像は止まらない。
正しく負の想像力だ。

如何に自分の腹が据わっていないか自覚した。

それでも素振りを続けた。
いままで習ってきた業に集中することしか、今はやることが出来ない。
一歩二歩、歩いて振る。
飛び込んで振る。
振る、振る、振る。

何時間くらい経ったのか。
次第に音も暗闇も気にならなくなってきた。

気づいたことをメモしながら稽古を続けた。
しばらくして、何となく空が明るく見えた。
意外に稽古に集中していると夜明けも早いんだなぁと思いつつ
移動しつつの素振りにも気が入っていく。

もう終わるのか、なんだかもっと続けたいような気がするな。