2010年8月27日金曜日

闇稽古ということ(その2)

 闇稽古ということ(その1) からのつづき


当日は雲が空全体に拡がり、月が見えなかった。
すでに暗いと感じていたが、稽古を始めていくうちに、
空がさらに濃さを増していった。
闇というのが変化することを実感した。

稽古してまもなく比較的涼しい日だったにも関わらず、
背中に冷や汗みたいなものが流れるのを感じる。
稽古を続けていったがしばらくして、この冷や汗は恐怖感が原因だと思った。

闇に向かって、移動しながら素振りを繰り返していく。
どこからか聞こえる「音」に身体が反応しているのだ。

冒頭に説明したように、この場所は河川敷にある雑木林。
雑草が生い茂っているような場所。
今まで陽のある時にも、みたことある動物はネコ、野犬(3匹ほど)、タヌキ。
昆虫の類は、バッタやスズメバチ、トンボ、カエルなどなど、カナヘビも見た。

そんな場所にいる生き物の声がするのだが
びびっているのは、虫の声・・・そして自分が踏みしめた雑草が復帰する音。
風に擦れあう樹木の葉、笹、雑草。
ありとあらゆる 音 に恐怖心を向けている自分がいた。

本当に何が出てくるのか、人間の想像力の逞しさを思った。
以前、読んだ本に
怖いのは人間の想像力だ、という文章があったように記憶しているが、実感した。

・・・続く。

2010年8月21日土曜日

見取り稽古ということ

武道の稽古は、人に教えてもらって上達するものではない。

その武術の内容によるし、そこに集まってくる人数にもよるという前提だが。
ここが一番スポーツと武術の差のような気がしてならない。
スポーツはプレーヤーの特性(個性)に合わせてトレーニングしていくが
武術は絶対的な術があり、それに身体を合わせていくのが稽古。

その上で、身体が動かない、硬いなどの個人差が出てくるのは当然。
でも出来ない、動かないで諦めていると続けることさえ怪しくなってくる。
しかし、動かないけど近づけようとする努力、身体は硬いけど柔らかくなるはずと
信じて稽古することが、数年後の大きな差と帰ってくる。

それは間違いのないことなのだが、大体の人は諦め、そして形が変わっていく。
形が変わっていくのを注意されると、オレの身体では出来ない・・と言い訳。
しかし、稽古している先達の人たちをよく見て欲しい。
その中には自分と同じような体つきの人や身体の硬い人などもいるに違いない。
その人を見ているとヒントになり、身体の動かし方を知ることになる。

それが、見取り稽古である。

身体の使い方も知ることができるし、型稽古の流れも知ることができる。
・・・できるのだ。
しかし、そのことが出来ないことが多いように感じる。
どうしても武道は身体動かして、木刀を振ることばかりが稽古ではないのだが
ついついそちらの派手な方ばかりしたがるもわかるが、
見取り稽古という稽古があることも知っていて欲しい。


そしてついでに言うと
武道は、丁寧に教えられるものではないことを 書いておく。

最近BLOGで見つけた文言の中に
初心者には「丁寧」に教えますので、安心してきてください、とあったので。
丁寧に教わることは最初だけにして欲しい、と思う。
あえて蛇足になるが。

2010年8月19日木曜日

闇稽古ということ(その1)

昨年、一晩中稽古をし続けるということを計画し実行した。

本題に入る前に、いつも週末になると稽古している場所についての説明を。
関東でも有数の河川の河川敷に拡がっている公園。
そして雑木林を境界として、その隣には水田がある場所。

その雑木林と畑の境界でいつも稽古をしている。
冬は手もかじかむくらいの寒さになるが、稽古をしていると身体は温まるので楽だが、夏ばかりは特に大変な場所だ。

熱中症にもなりそうになるし、蚊に刺されながらだし。
その上雑草が伸びるので、ある時はまず雑草を刈ってからの稽古となるが
草刈り自体で十分に汗を出し切っちゃうので、すでに脱水状態になってしまう。
というのが、いつもの稽古場所だ。


そんな場所での 闇稽古を数年前からやりたかった。
で、実現できたのが昨年秋。

22:00過ぎに稽古場所に到着。
田んぼの畦道を通り稽古場に行くのだが、もう何百回とクルマで来ているので、
もう目をつぶっても行ける状態(もちろん実際にそんなことしたら落ちる、確実に畦から落ちてしまう)。


徹夜稽古を始めるにあたり、こんなことを取り決めた。

・座るな、座ったら負け。
・クルマに戻るな、戻ったら負け。
・時計を見るな、見たら負け。
ひとつでも負けた場合は、即刻帰宅することとした。

そして稽古して思ったこと、感じたことをメモするために
ボールペンと反古紙も用意して臨んだ。

もう蚊も飛んでいない秋だったので、そのことは楽だった。

・・・続く