素振りしていたりしている分には問題ない。
しかしあるときから手のひらはもちろん、指の関節が痛い。
これは自分の振りのスピードに対して、握力が対応していないように感じる。
握るときの小指第二関節などが痛む、軋む・・・。
振りのスピードが早いのは上達したのかと得心もするが、
そのことににぎり自体が付いて行っていない。
結局、バランスが悪いということか・・・
バランスよくそして身体の一部分に余計な力がかからないこと。
これがいわゆる古武道の本当だと思う。
生活の中の一部分な武道であるからこそ、身体を傷めずして続く。
つまりここがスポーツとは違うところだと思う。
スポーツは身体に負荷をかけても、その特徴や勝負に勝つことを目的とするが
武道・・いわゆるサムライのそれは、日常の中に入り込んでいたはず。
極端な言い方だけど、ご飯と同じくらいの存在感だったと思う。
ともかく、この手の中の痛み、関節の痛みはツライな。
それなりに大切に回復させないといけない。
武道は一過性なことではなく、死ぬまで続けていきたいことだから。
生きているのに、途中で続けられなくなることこそ最重要案件
注意事項である。
2010年8月9日月曜日
2010年8月8日日曜日
脚幅は、肩幅ということ
小学校の頃、父の強い勧めで柔道をやらされていた。
小さい頃は身体が小さくて、どうしても力勝負になる小学生の柔道で
勝てないから面白くなく、あまり熱心ではなかった。
というよりやりたくなかったのだから、勝てるはずもなく
悪循環の繰り返しだった。
それでも、自然体として一番最初に習うことが
脚は肩幅に開く、というものは覚えていた。
こらえ性のない私は高校時代、空手部にいた。
単純にブルース・リーが流行っていたという理由によるものだが
ここでも最初は 肩幅の脚幅がキーになっていた。
そして今の古武術にいたり、ここでも最初に立つときの
脚幅は 肩幅 と言われた。
教えられたことは、まずはそのままに動くこと。
これは絶対的なことだ。
二十年続けてきた今になって、この脚幅は肩幅、という重要性が分かってきた。
これ以上広くても狭くても動きが遅くなるのだ。
肩幅より狭ければ安定性に欠けるし、広ければ一度片方の脚に重心を移さないと
動けないということが分かった。
当然だろう、とすでに理解している方は多いのかも知れないが
実感として理解できるまで、私は自分の身体にすり込む時間が
人よりもかかってしまうのかも知れない。
単純なことの重要性、いま一度ちゃんと振り返ってみたい。
きっと最初に言われたことに一番需要なことがある、のかもしれない。
小さい頃は身体が小さくて、どうしても力勝負になる小学生の柔道で
勝てないから面白くなく、あまり熱心ではなかった。
というよりやりたくなかったのだから、勝てるはずもなく
悪循環の繰り返しだった。
それでも、自然体として一番最初に習うことが
脚は肩幅に開く、というものは覚えていた。
こらえ性のない私は高校時代、空手部にいた。
単純にブルース・リーが流行っていたという理由によるものだが
ここでも最初は 肩幅の脚幅がキーになっていた。
そして今の古武術にいたり、ここでも最初に立つときの
脚幅は 肩幅 と言われた。
教えられたことは、まずはそのままに動くこと。
これは絶対的なことだ。
二十年続けてきた今になって、この脚幅は肩幅、という重要性が分かってきた。
これ以上広くても狭くても動きが遅くなるのだ。
肩幅より狭ければ安定性に欠けるし、広ければ一度片方の脚に重心を移さないと
動けないということが分かった。
当然だろう、とすでに理解している方は多いのかも知れないが
実感として理解できるまで、私は自分の身体にすり込む時間が
人よりもかかってしまうのかも知れない。
単純なことの重要性、いま一度ちゃんと振り返ってみたい。
きっと最初に言われたことに一番需要なことがある、のかもしれない。
2010年8月7日土曜日
踵で歩くということ
二十代後半から武道を稽古して来た。
相変わらずヘタクソだ、思うように身体が動かない。
年とってから始めるという事は、こういう事なんだな。
でもあの歳まで待ったから、出会えたんだと思うし
自分のやる気次第で歳取っても出来るし、死ぬまで出来るものと
出会ったことを幸せだと思う。
その稽古の中で、気づいた事がある。
それはつま先で後ろに蹴るのでなく、踵で蹴る歩き方が身体の上下変化が少ない。
さらに動きに予備動作がなく動けるので、瞬時に身体の位置を変えられる。
その事に気づいてから、昔の人たちの歩き方、すり足という意味がわかった。
完全に縦横移動が出来るのだ。
しかもこの歩き方は腰への負担がとても少ない気がする。
できれば、この歩き方を表現したいが、ボクの作文能力だと今はうまく伝える自信がない。
どうすればいいだろう・・・。
表現は近いうちに挑戦するとして、踵で動くと予備動作なく動くので
色が出にくく、相手を虚に陥れる事で少なくとも相手より早く動けるし
攻撃されてもすぐに対応が可能になる。
まぁ攻撃されないのが本当の「武」なんだろうけど。
さらに踵で歩くと疲れないように感じる。
前傾姿勢で足を出す歩き方、しかも蹴るのでないので無駄に筋力を使わない。
幕末の剣豪、山岡鉄舟が成田山を陽の明るいうちに往復したという逸話があるが
(成田山までは日本橋から60kmくらい、だから120kmを12時間程度かな)
一時間10kmかぁ、この歩きかただと可能かもしれない。
またこの件について書きたいと思う。
相変わらずヘタクソだ、思うように身体が動かない。
年とってから始めるという事は、こういう事なんだな。
でもあの歳まで待ったから、出会えたんだと思うし
自分のやる気次第で歳取っても出来るし、死ぬまで出来るものと
出会ったことを幸せだと思う。
その稽古の中で、気づいた事がある。
それはつま先で後ろに蹴るのでなく、踵で蹴る歩き方が身体の上下変化が少ない。
さらに動きに予備動作がなく動けるので、瞬時に身体の位置を変えられる。
その事に気づいてから、昔の人たちの歩き方、すり足という意味がわかった。
完全に縦横移動が出来るのだ。
しかもこの歩き方は腰への負担がとても少ない気がする。
できれば、この歩き方を表現したいが、ボクの作文能力だと今はうまく伝える自信がない。
どうすればいいだろう・・・。
表現は近いうちに挑戦するとして、踵で動くと予備動作なく動くので
色が出にくく、相手を虚に陥れる事で少なくとも相手より早く動けるし
攻撃されてもすぐに対応が可能になる。
まぁ攻撃されないのが本当の「武」なんだろうけど。
さらに踵で歩くと疲れないように感じる。
前傾姿勢で足を出す歩き方、しかも蹴るのでないので無駄に筋力を使わない。
幕末の剣豪、山岡鉄舟が成田山を陽の明るいうちに往復したという逸話があるが
(成田山までは日本橋から60kmくらい、だから120kmを12時間程度かな)
一時間10kmかぁ、この歩きかただと可能かもしれない。
またこの件について書きたいと思う。